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noteメンバーシップを2024年7月から始めました。Keiが日常的に実践するミクロレベルのソーシャルワークで得た失敗経験を共有し、同じような失敗を予防していく狙いがあります。Keiは学者ではないので体験談が中心ですが、必ずみなさんの実践に還元できます。
みなさんこんにちはKeiです。
救命救急センターが設置されている病院で医療ソーシャルワーカーとして働いている社会福祉士9年目です。
社会福祉士取得後、最速で認定医療ソーシャルワーカーと救急認定ソーシャルワーカーを取得しました。
noteとX (フォロワー2,400人以上)を500日以上毎日更新しています。
ソーシャルワーク関連のブログも発信中です。
本日は、『クライエントの人生を「美談」に編集しない』というテーマを深掘りします。
「無駄だった」に、意味をつけそうになった
「引きこもっていた10年間は、無駄だったと思います」。
先日の面接で、クライエントからこのように言われました。
くも膜下出血で救急搬送されてきた40代の患者さんで、不登校を経験し、その後、長期間にわたって自宅に引きこもっていた背景があります。
その期間に対して、「もっと友達と遊べばよかった」「もっと勉強すればよかった」と話し、最後にこう続けました。
「だから、自分にとってあの時間は無駄だったんですよ」
私はその話を聞いて、咄嗟に「でも、その経験があったからこそ、今のあなたがあるのではないですか?」とポジティブな内容に変換しました。
この言葉を発したときの雰囲気が、言葉では言い表せないくらい変な感じになりました。
#語彙力なくてすまん
私はそのときのなんとも言えない“間”を嫌ってしまい、即座に「お仕事は何されてたのですか?」と別の話題に切り替えてしまいました。
この面接では、「非審判的態度」を怠ってしまったのだと思います。
【非審判的態度】
バイステックの7原則
クライエントの経験や選択を、ソーシャルワーカーの価値観で勝手に評価しないこと。
「その経験にも意味があったんですよ」と前向きな意味を与えることと、「あなたは、そう感じているんですね」と本人の言葉をそのまま置いておくこと。
本来であれば後者であるべきです。
自分のその日のメンタルやコンディションによって、クライエントへのアプローチが変わってしまうのは、ソーシャルワーカーとして失格です。
「意味を編集する」技術を雑に扱ってしまい、深く反省しています。

クライエントが話してくれた「事実」を、「美談(都合の良い話)」に変換しない
振り返ってみると、クライエントの経験を「良い」「悪い」と決めつけることそのものが、非審判的態度に反しています。
私が伝えた「その経験があったからこそ、今のあなたがある」といった言葉は、一見前向きな言葉に見えます。
でも実際は、クライエントの経験に、私が勝手に意味を上書きしただけでした。
クライエントが「無駄だった」と言っているのに、それを「意味があった」に変換してしまった。
これは、支援ではなく、私の都合です。
クライエントが話してくれた「事実」を、「美談(都合の良い話)」に変換してしまう。
こうした経験があるのは、私だけではないと思います。
誰かの語りを聞いたとき、多くの人が「その経験があったから今がある」というきれいな着地を、無意識に選びたがるものです。
そのほうが、聞いている側が安心できるからです。
自己啓発本の多くが、この「きれいな着地」を好んで使うのも、同じ理由なのだと思います。
今を思えば、安心したいのはクライエントではなく、聞いている私のほうだったのかもしれません。
「整理」と「編集」を混同しない
面接で聞いたことを整理するのは、ソーシャルワーカーの大切な仕事ですが、整理することと編集することは異なります。
「整理」は、本人の言葉をそのまま忠実に並べること。「編集」するのは、聞き手が心地よくなれる物語に、翻訳することです。
私が「無駄だった」を「意味があった」に変換したのは、クライエントのためではなく、自分がその沈黙(間)に耐えられなかったからです。
本来であれば、「無駄だったと感じているのですね」と、そのまま受容してもよかったはずです。
自分が居心地よくなるために、相手の言葉を書き換える行為は、面接だけでなく、日々の記録や申し送りの中でも、起こりうることだと感じています。
「美談(都合の良い話)」にしなくていい
誰もが共感できるきれいな物語に変換すれば、その場の居心地の悪さを、ごまかすことができます。
しかし、その物語は、クライエントのための言葉ではなく、私自身を楽にするための言葉でした。
意味を決めるのは、ソーシャルワーカーではなく、本人です。
あのときの私に欠けていたのは、「そう感じているのですね」と返して、そこで止まる勇気でした。
「無駄だった」という結論を、あえて別の言葉に言い換える必要はなかったのです。
だからこそ、この気づきを、その日の気分で終わらせず、noteで言語化して残しておこうと考えました。
ソーシャルワーカーに、クライエントが話す物語を「良い話」か「悪い話」かに区別する権利はありません。
美談にしなくても、支援は成立します。
ソーシャルワーカーは、自分や組織の都合のいいように、話を書き換えてしまう職種でもあります。
非審判的態度が重要だと分かっていても、同じ失敗を繰り返すかもしれません。
その都度周りに共有し、第三者から監視してもらうことがひとつの対策になるのではないかと考え、今回投稿させていただきました。
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ではまた。


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