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noteメンバーシップを2024年7月から始めました。Keiが日常的に実践するミクロレベルのソーシャルワークで得た失敗経験を共有し、同じような失敗を予防していく狙いがあります。Keiは学者ではないので体験談が中心ですが、必ずみなさんの実践に還元できます。
みなさんこんにちはKeiです。
救命救急センターが設置されている病院で医療ソーシャルワーカーとして働いている社会福祉士9年目です。
社会福祉士取得後、最速で認定医療ソーシャルワーカーと救急認定ソーシャルワーカーを取得しました。
noteとX (フォロワー2,400人以上)を500日以上毎日更新しています。
ソーシャルワーク関連のブログも発信中です。
本日は、『「この人はこういう人」と思った瞬間、支援は終わる。』というテーマを深掘りします。
人格は変数である
「あの人はそういう性格だから」
私もこの口にしたことがありますし、周りでも物事を納得させる都合の良いフレーズとして多用されています。
性格という言葉は、「自分は説明した」という責任の言い逃れに使えてしまうので、そこそこ便利な概念です。
しかし、便利な言葉ほど、思考停止で活用してしまいます。
人は、体の状態が変わるだけでも行動が変わります。学校や職場などの環境が変われば、役割も変わります。役割が変われば、性格まで変わったように見えることがあります。
人格とは生まれつき決まっていて、変わらないものではありません。体の状態や環境によって、その都度形成されるものです。
人と環境の相互作用から生まれる“一時的な現象”を、私たちは「人格」と呼んでいるだけです。
にもかかわらず、日々の忙しさの中でいつの間にか「人」の側面だけを見て、「環境」の側面を見落としてしまいます。
「この人はこういう人」と思い込むことは、支援の可能性を狭める第一歩です。
「性格が悪い」で思考を止めない
入院中の患者さんが、家族に対して「お前は黙ってろ!!」「自分のことは自分が一番よく知ってるんだ!!」と横柄な態度をとることがあります。
それを見たときに、油断すると「もともとわがままな人なのかも……」というレッテルを貼ってしまうことが私はあります。
人格を固定したものとして扱うと、人格に対してのアプローチは「我慢する」か「排除する」しかなくなります。
「人格は変えられない」という前提に立った瞬間、ソーシャルワーカーの職能は無力化されるのです。
しかし、ソーシャルワーカーがみている(見る・視る・観る)のは人格だけではありません。
- 入院で、親・配偶者・仕事人としての役割を一時的に失う
- 疼痛によるホルモンバランスの変化
- 面会制限による孤立
- 家族との積年の力関係
これらの変数が、たまたまその言動を作り出しているだけです。
私自身も、在宅に戻った途端に別人のように穏やかになる患者さんを何人も見てきました。
「人格」が変わったのではなく、「環境」という変数が変わったのです。
役割が「患者」から「家長」や「祖父」に戻り、体内変数も落ち着き、行動が変わるのです。
私が普段のアセスメントで問うているのは、「その人はどういう人か」ではなく、「その人がその行動を取る環境条件は何か」です。
この問いの立て方ひとつで、介入できる余地はまったく違ってきます。人格は急に変わらなくても、環境なら動かせる可能性があるからです。
「この患者さんは施設入所を頑なに拒否する人だ」と決めつけてしまえば、そこで思考は止まってしまいますが、実際には、以下のような変数が「拒否」という行動を作っています。
- 住み慣れた場所を失う不安
- 先の見えない療養への恐怖
- 家族に迷惑をかけているという罪悪感
変数を一つひとつ丁寧に扱えば、頑なに見えた態度が緩むことは珍しくありません。
パワハラも人格の話ではない
以前、パワハラを「善意の人による無自覚な圧力」と解釈して書いた記事があります。
加害者を「性格が悪い人」と固定してしまうと、対処法のひとつとして「排除」という選択肢が無意識に浮上してしまいます。
でも実際には、以下のような環境変数が、その人の言動を作り出しています。
- 役割
- 権力勾配
- 評価へのプレッシャー
管理職になったから威圧的になったのではなく、「管理職」という環境が、そのような振る舞いを生み出しているだけかもしれません。
- 配置を見直す
- 評価基準を再設計する
- 権力の所在を可視化する
- フィードバックの構造を変える
これらはすべて環境設計であり、人の人格を問題にすることではありません。
「あの人さえいなくなれば……」という発想は、一見正しく見えて、実は安易な思考停止です。
人を入れ替えても、同じ役割・同じ権力・同じ評価が残っていれば、次の人が同じ言動を繰り返します。
変えるべきなのは、人ではなく、環境(変数)です。
私も、人事異動によって別人のようになった管理職を知っています。
厳しかった人が、部署を変わった途端に穏やかになるのは、人格が変わったのではありません。
評価される軸が変わり、部下との力関係が変わり、行動という出力が変わったからです。
支援対象を人格ではなく環境(変数)として見ることが、ソーシャルワーカーの職能そのものです。
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自己嫌悪もまた、変数の産物
「自分はソーシャルワーカーに向いていない」と感じるときが、誰にでもあるでしょう。
その感覚は、人格の問題ではなく、睡眠不足やチームの雰囲気や、その日の疲労という変数の結果に過ぎません。
人格を固定資産として扱うから、失敗が人格への評価に直結します。ひとつのミスが「向いていない証拠」になり、そこから抜け出せなくなります。
自己嫌悪とは、変数の揺らぎを人格の欠陥として勘違いしてしまうことから始まります。
人格を変数として扱えば、話は変わります。今日の失敗は今日の変数の結果です。
- 寝起きのコンディション
- 体調の変化
- チームの雰囲気
- 抱えているケースの重さ
明日それらの変数が変われば、行動も変わります。
同じ失敗を繰り返さないために必要なのは、自分を責めることではなく、変数を特定することです。
「悲観的に計画して楽観的に行動する」
これが、ソーシャルワーク実践をする上での私のスタンスです。
人格を固定されたものではなく、変化する変数として捉えるからこそ、この「楽観的」が成り立ちます。
最悪の人格を前提にして人を見る必要がなく、「環境が整えば、行動は変わる」という前提に立てるからです。
悲観は計画の段階にとどめ、行動の段階では「人格は変わりうる」と割り切ることで、人を不変の存在ではなく、変化し続ける存在として見ることができます。
環境を設計する仕事
私は、「人と環境の相互作用」という概念では、“環境”に重きを置くタイプのソーシャルワーカーです。
ソーシャルワーカーが介入できるのは人格ではなく、環境です。
他人の内面を直接変えることはできないからこそ、環境を整えることがソーシャルワーカーの職域であると考えています。
- 役割を調整する
- 情報の流れを整える
- 力関係を構造化する
これらはすべて、ソーシャルワーカーが可視化できる範囲にあります。
最近のカンファレンスで、「インスリンの自己注射ができないのは『本人の性格の問題』だ」という結論に至りかけたことがありました。
そこで思考を止めるのではなく、「妻に一旦指導してみて、妻から本人へ教えてあげるのはどうですか?」といったように、もう一段階深掘りするアプローチができるからこそ、カンファレンスにソーシャルワーカーが参加する意義があります。
「どんな変数(環境)が、この行動を作っているのか」という体内の変数と、環境の変数、両方に目を向けることが大切です。
「人格は固有でも不変でもなく、改善できる一時的な変数」と捉え直せば、目の前の人も自分自身も、断罪せずに少しだけ軽く見られるようになります。
人格を不変のものとして扱っている限り、ソーシャルワーカーにできることは多くありません。
しかし、人格を変数として捉えた瞬間に、ソーシャルワーカーの職域は一気に広がります。
人格そのものには介入できなくても、その人格を形づくる環境には介入できるからです。
これは技術であると同時に、姿勢でもあります。
目の前の人を固定された人格として見るのではなく、環境によって変わりうる存在として見るだけで、支援の選択肢は増えていきます。
私たちソーシャルワーカーの仕事は、人を変えることではありません。
人が変われる環境を整えることです。
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ではまた。






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