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noteメンバーシップを2024年7月から始めました。Keiが日常的に実践するミクロレベルのソーシャルワークで得た失敗経験を共有し、同じような失敗を予防していく狙いがあります。Keiは学者ではないので体験談が中心ですが、必ずみなさんの実践に還元できます。
みなさんこんにちはKeiです。
救命救急センターが設置されている病院で医療ソーシャルワーカーとして働いている社会福祉士9年目です。
社会福祉士取得後、最速で認定医療ソーシャルワーカーと救急認定ソーシャルワーカーを取得しました。
noteとX (フォロワー2,300人以上)を365日以上毎日更新しています。
ソーシャルワーク関連のブログも発信中です。
本日は、『「本人はどう思っているんですか?」という魔法の言葉』というテーマを深掘りします。
「本人はどう思っているんですか?」という正しすぎる言葉
「本人」という言葉は、本来であれば「クライエント」や「患者」に置き換えたいのですが、より現場での実践感を伝えるために、今回はあえて「本人」のまま書き殴ります。
私は、退院支援の現場で、「本人はどう思っているんですか?」という言葉をよく使います。
- 本人の意思を確認する
- 本人中心の支援を組み立てる
- 本人の現状理解度を把握する
これらの問いの起点になるはずなのですが、この言葉には少しだけ“裏の機能”があります。
「場から一歩引ける」という機能です。
- 議論が煮詰まってきたとき
- 家族の意向が強くてしんどいとき
- 他職種からの依頼が明らかに重たいとき
「それって、本人はどう思っているんですか?」
この一言で、場の流れを一旦止めることができます。
特に他職種は、専門領域外であればあるほど、そのことを本人に直接伝えるのを避けます。
#だって専門外を質問されても答えられないから
もちろん、それ自体は悪いことではありません。むしろ、冷静さを取り戻すためにカームダウンする役目を果たすこともあります。
ただ問題なのは、「本人はどう思っているんですか?」の使い方が無意識に繰り返されることです。
便利で、正しくて、誰からも否定されないこの魔法の言葉の“使い方”はほとんど振り返られません。
そして気づいたときには、「本人はどう思っているんですか?」が「支援の入口」ではなく「調整の出口」になっていることがあります。
「本人はどう思っているんですか?」で、調整を止めていないか
ソーシャルワーカーの役割は、「意思を確認すること」だけではありません。
「意思決定を設計する」役割もあります。
- 本人は帰りたいと言っている
- 家族は施設を希望している
- 医療側はリスクを懸念している
この三者がきれいに揃うことは、ほとんどありませんし、ズレていることが前提です。
#三者三様の正義がある
このズレをどう扱うかがソーシャルワーカーの専門性が発揮される場面なのですが、にもかかわらず、「本人はこう言っています」で思考が停止してしまうソーシャルワーカーが少なくありません。
#自戒を込めて書いています
ズレはそのまま残存し、対立もそのまま残ります。「確認」はしたものの、「前進」はしていない状態です。
ここで厄介なのは、この状態が“正しく見える”ことです。
「本人はどう思っているんですか?」って一見、本人の意思を尊重しているように見えますし、倫理的にも問題なさそうに聞こえます。
むしろ「しっかり本人の意向を確認しているね」といった高評価を得られることすらあります。
だからこそ、そこで止まってしまうのです。
本来であれば、その意思をどう扱うか、どうすれば形にできるかまで踏み込む必要があるのに、「確認した」という事実が、次の一手を曖昧にしてしまいます。
結果として、ソーシャルワーカーの役割は少しずつ変わっていきます。
意思を調整する人から、意思を伝える人へ。
そして最終的には、意思のズレを“確認して終わる人”へ。
この変化はゆっくりで、自覚しにくいので、「気づいたときにはもう遅い」という状況になっていることもしばしばです。
「帰りたい」と「帰せない」がぶつかるとき
よくあるケースです。
高齢の患者が退院を控えていて、本人は「家に帰りたい」と話している。
一方で家族は、「在宅は無理だから施設にしてほしい」と強く主張している。
医療側も、「安全面を考えると在宅はリスクが高い」と判断している。
このとき、カンファレンスで「本人は自宅を希望しています」と発言することができます。
患者の意向を尊重するのはとても大事である一方で、肝心の「じゃあどうやったら自宅へ安全に帰れるの?」という問いの答えを持ち合わせていないと逆に不親切です。
家族は「現実が見えていない」と感じるかもしれません。
医療側は「リスクが無視されている」と受け取られるかもしれません。
結果として、議論は平行線をたどります。
ここで必要なのは、「情報を増やすこと」ではなく、「情報の解像度を上げること」です。
たとえば、「本人は“迷惑をかけたくない”という思いが強く、その上で自宅を希望しています」と言い換えることができます。
この一文が入るだけで、意味が変わります。
単なる希望ではなく、その背景にある価値観や前提が見えるようになるからです。
すると、家族にも「迷惑をかけたくないなら、どうすればいいか」を一緒に考える余地が生まれます。
医療側も、「リスク」だけでなく「本人の意味」に目を向けやすくなります。
ソーシャルワーカーの仕事は、言葉を集めることではありません。
言葉に“構造”を与えることです。
そしてその構造が、対立している意思同士を接続する“橋”になります。
その言葉のあとに、何を引き受けているか
「本人はどう思っているんですか?」という問いは、重要です。
ただし、その価値は“そのあと”で決まります。
- そのまま返して終わっていないか
- 調整の難しさから距離を取っていないか
- 次の一手を自分が持っているか
この3点を見ない限り、その言葉が「支援」なのか「回避」なのかは分かりません。
退院支援は、きれいな世界ではありません。
利害はぶつかるし、感情も動くし、どこかで誰かが引き受けないと前に進まない場面が必ずあります。
そして、そこを責任を持って引き受けるのがソーシャルワーカーです。
「本人はどう思っているんですか?」
この言葉を使った瞬間に、自分はどこまで引き受けるのか。そこを決めずに使うと、この言葉は“便利な避難場所”になります。
逆に言えば、そこまで引き受けたときに初めて、この言葉は“支援の入口”になる。
同じ言葉でも、機能はまったく変わります。
退院支援は、正解がないからこそ、言葉ひとつで役割が変わります。
だからこそ必要なのは、うまい言い方ではなく、「その言葉のあとに何をしているか」という実践です。
「本人はどう思っているんですか?」
その一言のあとに、自分は何をしているのか。
その問いを持ち続けられるかどうかが、ソーシャルワーカーとしての分岐点になると思います。
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ではまた。




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