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noteメンバーシップを2024年7月から始めました。Keiが日常的に実践するミクロレベルのソーシャルワークで得た失敗経験を共有し、同じような失敗を予防していく狙いがあります。Keiは学者ではないので体験談が中心ですが、必ずみなさんの実践に還元できます。
・クライエントとの信頼関係を構築したい
・介護施設や病院との連携を深めたい
・支援が円滑に進むようなテクニックをに身につけたい
「クライエントのニーズを尊重する」ことは非常に重要なことですが、尊重しすぎると医療ソーシャルワーカー(以下MSW)としての意見を伝えづらい状況に陥ることも少なくありません。
私はMSWとして高度急性期病院に勤務しており救命病棟を担当しています。救急医療の現場では危機介入アプローチを用いてクライエントに指示的且つ具体的な対応を行う場面をたくさん経験してきました。
そこでこの記事では、福祉専門職であるMSWのネゴシエーション(日本語訳は交渉)について解説します。この記事を読めば、クライエントの不信感や不安を表出させないスムーズなネゴシエーションを行えるようになります。
先述しましたが、救急医療の現場では危機介入アプローチを用いることが多いです。救急医療という「限られた時間」「クライエントの不安」が隣り合わせの状況で培ったノウハウを凝縮しました。
クレームを生まない程度のギリギリを攻めた面接をしたいMSWには、うってつけの内容となっています。
福祉分野におけるネゴシエーションとは
厚生労働省によるソーシャルワーク専門職である 社会福祉士に求められる役割等についてにおける“社会福祉士養成カリキュラム等の見直しの方向性”の項目に以下の文言があります。
社会福祉士が、個人及びその世帯が抱える課題への支援を中心とした分野横断的・業種横断的な関係者との関係形成や協働体制を構築し、それぞれの強みを発見して活 用していくため、コーディネーションや連携、ファシリテーション、プレゼンテーション、 ネゴシエーション(交渉)、社会資源開発・地域開発などを行う。
厚生労働省第13回社会保障審議会福祉部会 ソーシャルワーク専門職である 社会福祉士に求められる役割等について
ネゴシエーションのやり方は誰も教えてくれない
MSWのネゴシエーションは、患者のニーズを理解し、医療スタッフとのコミュニケーションを円滑にすることで、より良い医療サービスを提供することに繋がります。
社会福祉士を養成する段階で「ネゴシエーションは重要」と謳っていながら、肝心の内容については触れられていません。社会福祉士養成テキストにも、ネゴシエーションの文言こそ目にしますが具体的な内容が記されていません。
ネゴシエーションという用語だけなんとなく把握して、現場に飛び込むわけですからなんの経験値もないMSWがクライエントと何を話してよいかわからなくなっても無理はありません。
新人MSWは通常の社会福祉士よりも医療知識が必要になりますので、余計に負担とストレスがかかります。
ネゴシエーションのプロセス
ソーシャルワークの理論と方法によると、ネゴシエーションは以下3つのようなステップにまとめることができます。
- 準備
- 交渉
- 合意
簡単な例を用いてネゴシエーションの一連の流れを解説します。
例:60代後半の大腿骨頚部骨折
準備段階では、自分自身の立場や目的を明確にし、相手の立場やニーズを理解することが重要です。交渉の場に必要な情報をアセスメントし、交渉の目的や範囲を明確にすることも大切です。
目的:患者さんの生活動作を向上させたい
準備:
家族構成、生活環境、入院前の生活動作、お金etc…
一人暮らしで高齢の母が遠方に住んでいます。
自宅はアパートですが3階でエレベーターがありません。
現在も週5回Super Marketでパートをしています。
ネゴシエーション(交渉):
交渉段階では、相手の立場やニーズを理解し、自分自身の立場やニーズを相手に伝えることが求められます。また、相手の反応を確認し、必要に応じて交渉の方向性を変更することも必要です。
一人暮らしで家族が遠方で3階のエレベーターのないアパートに住んでいたら、入院前と同等な生活動作にならないと退院は難しいですよね。近隣のA病院は回復期リハビリテーション病棟があるので当院よりも改善が期待できますよ。
合意:
合意段階では、交渉の結果をまとめ、双方が納得できる形で合意を形成することが求められます。合意が形成された後は、合意内容を実行するための具体的なアクションプランを策定し、実行することが必要です。
I didn’t know there was such a hospital.(そんな病院があるなんて知りませんでした)
Please proceed at the hospital.(ぜひその病院で進めてください)
(…クライエント外国人だったんかーい)
医療現場においては、患者やその家族のニーズを理解し、医療スタッフとのコミュニケーションを円滑にすることが求められます。
ネゴシエーションを制するものはMSWを制する
私は5年以上MSWを続けてきて一つの確信があります。それは、「ネゴシエーションを制するものはMSWを制する」ということです。過言ではありません。
・医師から退院許可がでたが、独居で排泄に介助が必要
・生活保護を申請したい患者がいるけど入院した時間は深夜帯
・大腿骨頚部骨折の手術から2週間が経過したが、患者さんが高齢でリハビリが進んでいない
MSWをしていれば頻繁にあるシチュエーションですが、これらは全てネゴシエーションを必要とします。患者さんやその家族、医療スタッフ等の様々なステークホルダーが関わる現場において、円滑なコミュニケーションが求められます。
ネゴシエーションが板についてくると「追い出し屋」と呼ばれることがなくなります。臨機応変な対応でクライエントとの信頼関係を築きましょう。
ネゴシエーションには心理学が有効(6選紹介)
社会福祉士が面接を行う際、対人認知を意識することで、患者さんやその家族の感情、パーソナリティ(性格)、対人関係などが顕在化され、ニーズをより深く汲み取ることができるようになります。
心理学を応用した円滑なネゴシエーションを実施することで、クライエントの意向に沿った支援に近づけることができます。
MSWは、ネゴシエーションを、時に「面接」時に「相談」時に「カンファレンス」といったように名称が変更されているだけで、ソーシャルワークの本質は変わりません。
対人認知とは、他者の内面的特徴や、心理過程を理解し、推測するため、相手の表情、行動、状況などの様々な情報を処理する過程をいいます。
信頼関係構築に最適!「バックトラッキング」
バックトラッキングは、いわゆる「オウム返し」です。
人は、言われた言葉をオウム返しするだけで、相手の潜在意識の中にラポールが構築されていきます。
要所要所を疑問形にすることで、さらに効果が上がります。
「自分の意向をきいてもらっている」「受け入れてもらっている」という好感や安心感、そして信頼感を相手に与えることができます。
ソーシャルワークの面接技術である「受容」「傾聴」と併せて活用することで、さらなる効果を期待することができます。
医師との交渉に必須!「フットインザドアとドアインザフェイス」
フットインザドアとは、小さなお願いを承諾した後にはより大きなお願いも承諾しやすくなることを利用した心理学です。その逆で、大きなお願いをした後に、小さなお願いをすることで、承諾してもらうことをドアインザフェイスといいます。
この心理学を私は、医師とのネゴシエーションで利用しています。稀に医師から「この患者さんすぐ退院できるから明日退院でよろしく」みたいな理不尽な依頼があることがあります。
これこそ、医師にドアインザフェイスの心理学活用してほしいと思っているところはさておき、患者さんの退院は、病院側と家族等、双方の都合を考慮しなければなりません。
おすすめは、家族等に退院日の候補を2つ以上挙げてもらい、遅い日程を提示してダメだったら、近い日程で決めるといった技法です。
他病院のMSW、介護施設の相談員との日程調整の際にも頻繁に利用します。日程調整をする際に、本命の日程とは別日の日程候補を提示してもらいます。この複数の日程候補を、家族と最終的な日程調整をする際に、小出しにして提案するのです。
〇〇日は仕事ですが、××日なら休みなので対応できます。
といったように日程の選択権も与えられ、日程の強要をしている感じも薄れて非常に有効です。複数の日程提示は、複数回連絡調整するリスクのケアになるため、業務の効率化が進みます。
多職種カンファレンスに医師が参加することは、患者さんとその家族に限らず、地域のケアマネや訪問看護等にも大きなメリットが得られます。この心理学を利用して、スケジュールの組みにくい医師をカンファレンスに招集しましょう。
電話連絡よりも対面で信頼関係構築!「単純接触効果」
単純接触効果とは、特定の刺激を繰り返し提示されることで、特別な働きかけを行わなくても、それに対する好意的な態度が形成される現象です。
3回の電話連絡よりも、1回の対面での面接の方が、患者さんや家族に意向が伝わりやすいです。
業務効率化の視点からは、ミスマッチですが、後々伝達ミスで思わぬトラブルを招くよりは、回り道をしてでも対面の面接を推奨します。
先述した対面認知も相まって、相手がしっかりと状況を理解できているか確かめる指標にも繋がります。
私は「時間がない」を言い訳にして、電話連絡のみで連絡調整を済ませて、結果的に退院の時期が遅れてしまうミスを何回もしています。
特に新人MSWの方は、可能な限り対面を推奨します。「退院」に対する病院側の認識と、家族側の認識にズレが生じた際に「不信感」や「クレーム」に直結します。
対面で家族の状況理解をしっかりと確認して、可能な限り、家族側と歩幅を合わせて「退院」というイベントに向かいましょう。
下記の記事で詳細を解説しています。
第三者を利用する「ウィンザー効果」
ウィンザー効果とは、人は自分が耳にした情報に対して、本人から直接聞くよりも第三者を介した「聞いた話」にするほうが、信憑性を感じるといった心理学です。
例としては、「家族が希望されているAという介護施設への入所を患者さん自身が反対されている」といった状況が挙げられます。
MSWがいくつか介護施設を提案しても決め手に欠いた患者さんでしたが、翌日患者さんのほうから介護施設へ入所したいと申し出てきました。患者さんに入所の決め手を伺うと以下の答えでした。
担当のケアマネに、提案してくれた施設の評判を聞いてみた。
第三者であるケアマネが「ご飯が美味しい」「介護士さんが優しい」などポジティブな情報提供をしたことによって入所に結びつきました。
先述した例は上手くいった例ですが、上手くいかなかった例もあります。
療養型病院へ転院が決まりかけていた患者さんの家族が、とある理由で転院先を変更せざるを得なくなったことがありました。
近所の評判が悪かったから別の病院にしたいです。
第三者である近隣住民の口コミによって転院先をシフトせざるを得なくなりました。
同じ情報でも、「いつ」「誰から」「どんな風に」伝えるかが重要であると思い知らされる心理学です。
期待を力に変える「ピグマリオン効果」
ピグマリオン効果は、「期待」されることで、その期待に沿った成果を出すという現象です。
教師期待効果とも呼ばれ、教師が期待することによって、生徒がその期待に添うように変化する現象からきています。
私は、食事やリハビリが進まない患者さんに対してよく利用しています。
「退院」という目標に対して、MSWだけでなく、医師や看護師、セラピスト、管理栄養士等の多職種でピグマリオン効果を活用することによって、患者さんのモチベーションが上げることができます。
利用していない社会福祉士0人説「バーナム効果」
バーナム効果は、誰にでも該当するような曖昧で、一般的な性格を表すことを、自分だけに当てはまるものだと捉えてしまう現象です。
今後の退院先について悩まれているんですよね
退院後の療養生活が不安なんですよね
多かれ少なかれ、退院後の生活に悩んでいない人などいません。バーナム効果は、MSWの信頼性・権威性を高める際に利用します。「この人は信頼できる」と思わせるMSWであることが重要です。
ラポールを構築していく過程で、意図せずに利用しているMSWも多いはずです。「バーナム効果を利用した」という根拠を持つことは、支援のフィードバックをする際に役立ちますので、覚えておくと良いでしょう。
この記事のまとめ
私は、心理学をソーシャルワークに落とし込むことに最初は抵抗を感じていました。患者さんの「ニーズを引き出す」というよりも「操っている」感覚の方が強かったからです。
しかし、心理学を勉強していくうちに、心理学をネゴシエーションに応用することは「人の心を大切にして寄り添うこと」であると学びました。
私が理想としている支援と同じ方向性であると知った瞬間、違和感なく心理学をソーシャルワーク実践に落とし込むことができています。
今回は「MSWのネゴシエーション」について解説しました。ネゴシエーションも重要ですが「追い出し屋」にならない会話術を身につけることはさらに重要です。
以下の記事では「MSWが“追い出し屋”にならないための会話術」について解説しているのでこちらの記事もぜひ併せて読んでみてください。
このたび、Keiが実践するミクロレベルを中心としたソーシャルワークの失敗経験を共有して、各ソーシャルワーカーの実践に落とし込むメンバーシップ(初月無料で月額590円)を開設しました。
Keiがソーシャルワーク実践の過程で得た学びや、考え方、直面した問題などを「一番近くの席で見られるリアルタイム型のメイキング」みたいなものです。
認定医療ソーシャルワーカーであり、救急認定ソーシャルワーカーでもあるKeiが、メンバーシップの会員しか読めない記事を1ヶ月に3回以上投稿しており、読み物としてお楽しみいただけます。
新人MSWに是非とも読んでほしい本が以下のものです。
医療福祉総合ガイドブックは、MSWが日々の臨床で利用する様々な社会資源が解説されており、曖昧になった知識の復習に役立ちます。
マンガでわかる介護入門は、MSWが生涯説明する社会資源No. 1である介護保険制度についての本で、説明回数が多いが故に、怠惰になりがちな心をリセットできる本です。
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